2007年9月

Andreas LaimböckがLTLを設立

フランクフルト生まれのアンドレアスは、1999年初めて中国を訪れ、2002年から北京で中国語(普通語)の学習を始めました。北京でいくつかの国際的な医療関係会社で働いた後、中国語の自学習を進めながら、新しく中国に訪れる友達に向けて中国語のレッスンをアレンジしていました。

続きを読む »

たくさんの失敗や挑戦を重ねるうち、質の高い授業を提供し、経営的にも真に信頼できる語学学校が足りないことを確信しました。

2007年、美しい街並みの北京市胡同で暮らしていたアンドレアスは、中国語の語学学校を始めることを決意します。

当初学校名は「スパゲッティ・チャイニーズ」と名付けられましたが、ありがたいことにマーケティングを心得た友人が説得し、LTL (Live The Language)という学校名に落ち着きました。

現在アンドレアスは北京に暮らし、現役のLTL代表、ディレクターとして活躍しています。

Andreas 2017年

January 2008

初代学習ディレクターのTina Xiang

4年間中国語教師として働いた後、ティアンはLTLで中国語教師のチームを創ることを決めます。まずはじめに、他の語学学校がこぞって採用していたパートタイムの教師は雇わずに、フルタイムでのみ教師を採用することにしました。

続きを読む »

安定的な給与と保険、病気や妊娠の際の休職、年金、失業保険などを保証する制度としました。当時としては画期的なこの制度は、教師にとって強力なインセンティブとなるものでした。数か月以の内に、我々は北京で最も経験のある素晴らしい中国語教師を迎えることができました。

2013年から1年の産休に入るまで、ティナは学習ディレクターとして北京で働き、彼女の故郷でもある承德市でLTLの教師チームを率いるため、娘と一緒に同市に戻りました。現在ティナは承德校で学習ディレクターを務め、彼女自身も教師を続けながら、イマージョン・プログラムを担当しています。

Tinaと教師チーム 2011年

2009年4月

北京初の語学学校

5か月に渡る工事と終わりのない議論の末、2009年4月私たちは最初のビルに入居しました。北京中心部、Sunshine 100の16階に位置する校舎には、4つの教室とキッチン、ランチエリア、小さなオフィス、そして北京の素晴らしい眺めが堪能できるバルコニーがありました。続きを読む »

北京理工大学出身のインテリアデザイナーLiang Minさんは、私たちスタッフと生徒のホームとなるとても明るい環境を整えてくれました。

Minさんは全ての教室をガラス張りにして、ホワイトボードとして使えるようにしました。このデザインは、教室中を動き回りながらインタラクティブで熱意に溢れた授業を行うLTLの教師陣にとても相性の良いものでした。

Minさんはその後新設した19階、29階の教室、上海校も含めてLTLマンダリンスクール全てのデザインをしてくれました。現在、彼女はイタリアのミランに住み働いています。

最初の学校のリノベーション

2009年6月

最初のホームステイ

当初からLTLの狙いは、中国語を急成長させたい生徒に、イマージョン=中国文化にどっぷりと身をうずめる環境を提供することでした。しかし、設立間もないころはまだ他からの評価がない段階で、生徒はみな仕事の後に中国語を勉強したい北京在住の外国人ばかりでした。続きを読む »

教師たちは週に何度か、仕事の後、彼らの家やオフィスで中国語のレッスンを行っていました。これが意味することは、週数時間の授業は中国語の上達には十分ではなく、生徒に限定的な中国語の環境しか提供できていなかったということでした。

しかし2009年、企業として成長した私たちは、「留学生の劇的な中国語力向上」というメインミッションに狙いを定められるようになりました。中国語レッスンの提供だけでなく、ミッションの成功に必要なホームステイ、ビザ申請、交流イベント、24時間サポートも行うようになったのです。

私たちは3人の留学生を迎えました。6月に到着したドイツからの留学生スーザンは、私たちのホームステイを初めて経験した生徒で、2か月間北京に滞在しました。Zhangさん夫婦は、LTLの教師の叔父で学校の反対側に住んでいました。息子が独立し部屋が空いたことと、退職して時間ができたことでホストファミリーを始めました。Zhang夫妻は外国に行ったことは一度もありません。英語は一言も知らず、外国人と話したこともありませんでした。全てにおいて新鮮な経験となりました。しかしこの挑戦は、スーザンにとってもZhang夫婦にとっても素晴らしいものとなりました。

スーザンは見事HSKテストに合格し、翌年LTLに戻って来ました。Zhang夫妻は息子と孫のいる街に引っ越す2013年まで、LTLのホームステイを続けました。

WilliamとホストママのMs. Su – 北京

2010年1月

イマージョン・プログラム

いち早く流暢な中国語を身につけるためには、学校の外でも中国語を話す環境を提供することが必要だと私たちは考えてきました。生徒はクラスやホームステイ先で中国語をたくさん話す機会があります。 続きを読む »

しかし、休み時間や交流イベント、ナイトライフなど他の生徒や駐在員、英語が話せる中国人と英語を話したくなる誘惑が待ち受けています。

生徒同士が中国語で会話をすることは理想ですが、お互いに間違った文法を真似してしまったりと、実際はうまくいきません。北京は外国人がたくさん暮らす国際都市です。明らかに英語を話す人や機会が増えています。従って、北京で完璧なイマージョン経験をすることは非常に困難になっているのです。

そこで私たちは、中国語漬けの日々で中国語を学べる完璧な環境を探すこととなりました。これは予想よりも困難なことでした。中国北東部エリア外の人々は強い訛りを持っているので、標準語を学ぶ生徒には向いていません。東北部の大都市にはたくさんの外国人が暮らし、英語で話せる機会が多く、小さな都市は治安の悪い工業都市であったり、冬場に-40℃になるようなところばかりでした。

しかし調査と視察を積み重ねた結果、承徳市(Chengde)という完璧な街を見つけることができました。

夏の首都である承徳市は中国標準語の生まれた場所です。1952年に標準語(普通话)として制定されました。街には外国人コミュニティはなく、英語を話す人もいません。同時に山々に囲まれた街の空気は綺麗で、UNESCO世界遺産にも登録されています。ハイキングやアウトドアが楽しめる、旧王朝の夏の宮殿もあります。50万人が暮らす承徳には都市としての機能が整っており、ホスピタリティの高さでも有名です。

2010年5月

承徳校最初の生徒

2010年5月25日、私たちの最初の生徒が留学とホームステイのため承徳に訪れました。翌日政府の監査員が監査のためにホームステイ先に訪れました。彼らは第二次世界大戦以降、この地域に居住する外国人を見たことがなかったので、どうしたらよいのか戸惑っていたのです。続きを読む »

何回かのミーティングや電話で協議を重ねた後、彼らは承徳での語学留学は特に問題はないと結論を出しました。私たちはプログラムを継続できることになったのです。承徳市政府が外国人に関して本当に何も知らないということを、私たちは考えもしませんでした。全てが落ち着いた後、3週間のプログラムは大成功を収めました。中国語漬けの環境でこそ中国語の急速な上達が望めるということが明らかになりました。

今日まで、LTLの生徒のみが承徳市に住んだことのある外国人です。中国語漬けの環境を保つため、常時10名以下に留学生の数を保っています。50万人の人口の中で他の9人の生徒と遭遇する機会はほぼないでしょう。現在では政府は非常に強力的で、最初に視察に訪れた職員は後にホストファミリーになりたいと名乗り出てくれました。

承徳でのプログラム

2011年6月

学校の拡大

中国語漬けの環境で中国語を早く伸ばしたい人々の間で、LTLは少しずつ評判を獲得していきました。その結果教室が足りなくなったため、19階にも教室を6つ拡張することとなりました。2014年同じビルの29階に移動するまで、その後も拡張は続きました。

2011年9月

最初のインターンシップ・プログラム

多くの生徒が中国語を学ぶだけではなく、中国で働く経験も求めていることに私たちは気が付きました。私たちは多くの企業で中国語を教えていたので、すでにHRにコネクションを持っていました。インターンシップ・プログラムの開始です。

今日、殆どのインターンプログラム参加者は北京校上海校で中国語コースに参加しています。

2011年11月

ZhongwenがLTLに参加参加

ZhongwenがLTL承徳校に参加したのは2011年11月のことでした。LTLが承徳に進出する以前には、承徳で中国語を教えるチャンスはありませんでした。なぜなら教えるべき外国人がいなかったからです。 続きを読む »

しかしZhongwenとその両親は、中国語に携わることが彼女の運命だと信じていました。仲文 (Zhongwen)という名前は、中文 (Zhongwen – 中国語)と同じ発音をするのです。

中国語の語学学校設立の話を聞くとすぐに、彼女はLTLに出願し、いち早く大切な教師の一員として迎えられました。

Zhongwenは現在では承徳校のディレクターを務め、中心的な存在です。授業やホームステイ、地元の人との交流サポート、ハイキングなどのオーガナイズも行い、いつでも助けが必要な人のサポートをしています。また現在でも、承徳にやってくる全ての留学生を駅で出迎えています。

Zhongwen 生徒とラフティング

2012年9月

Alexander KrasnovがLTLに参加

アレクサンダーは2012年にスチューデント・アドバイザーとしてLTLに参加しました。2016年にLTL上海のディレクターに就任するまで、彼は北京校と承徳校のフルタイム中国語コースをオーガナイズしていました。

続きを読む »

アレクサンダーは熱心な語学学習者で、流暢な中国語を含めて実に11可国語を話します。現在もLTL上海のディレクターを務め、学校からすぐのXuhui地区で中国人の妻と暮らしています。

2012年12月

最初のギャップイヤー・プログラム

ルークは最初のギャップイヤー・プログラム参加者です。彼は中国語の全くの初心者でしたが、1年に渡ってホームステイとイマージョン・プログラムを受けた末、HSK 6に合格することができました。続きを読む »

私たちはレッスン、ホームステイ、イマージョン、全てにおいて常に最高のプログラムを用意しています。それは全くの初心者をたった1年でHSK 6合格まで導くことのできるものです。ルークのプログラムは私たちが初めて理論を実践したもので、実際に目にすると素晴らしいものでした。詳しくはルークが7か月時点で書いたブログ(英語)をご覧ください。

今日、私たちはたくさんのギャップイヤー・プログラムを用意しています。レッスン、イマージョン・プログラム、多都市滞在プログラム、インターンシップ・プログラムなどさまざまな要素を取り入れ、丁寧に構成されています。

ルークと同じように“ni hao”すら言えなかったレベルからHSK 6合格まで達成する生徒を見ることは、私たちにとっても最高の経験です。

ギャップイヤー・プログラムに参加したLuke

2013年5月

最初のシェアハウス in 北京

LTLは中国語漬けの環境の提供を目標にしています。しかし、生徒の一部はホームステイを望まず、自由な環境を求めていることに気が付きました。そこで私たちはシェアハウスを始めることにしました。シェアハウスでは生徒は完全なプライバシーを保つことができ、同時に中国人フラットメイトと暮らすことができます。続きを読む »

このシェアハウスは北京の中でもとても中国らしいエリアに位置しています。学校からたった4駅先ですが外国人は少なく、運河の南側の開発地域に位置する新しい飲み屋街を除いて、今日においてもかつてのままです。

2014年5月

新しい北京校

LTLの評判が上がるにつれて、更に学校を拡張する必要が出てきました。北京中心部のロケーションを手放したくなかったので、同じビルの29階と30階に引っ越すことにしました。 続きを読む »

2つのフロアは階段で繋がっており、遂に私たちは再び一つの空間で教室を持つことができました。また私たちは、友達を作ったりみんなで集まるために、生徒にとってバルコニーが非常に重要だということにも気が付いていたので、同様の場所を確保したいと思っていました。

30階にある70㎡の大きなルーフトップは、北京全体を見渡せる素晴らしい眺めを誇っています。建設業者とのたくさんの問題を乗り越え、5か月かけて私たちはようやくこの場所を手にすることができたのです。北京では家賃の上昇が著しく、多くの語学学校が中心地から離れた場所に追いやられています。私たちはラッキーなことに、家賃が上がる前に土地を購入していたのでシティセンターに留まることができています。

LTL北京校は現在もSunshine 100ビルに校舎を構え、ルーフトップも変わらず生徒のコミュニティの中心にあります。

LTL北京校ルーフトップでのアクティビティ

Learn Chinese in Shanghai with LTL
2016年4月

LTL上海校

長年に渡って、LTL上海校の開校が望まれていました。しかし、私たちは遠く離れた上海の地で同じ品質のプログラムを提供することができるのか、自問し続けていました。 続きを読む »

2015年LTLメンバーのAlexander Krasnovは上海に移住することを決めます。これが上海にLTLの教師や専門家を連れていく大きなきっかけとなりました。

北京校と同様私たちは上海校を街の中心地に構えました。コンセプトも同様、中国語を短時間で身につけられるよう少人数グループレッスン交流イベント、サポートサービス、ホームステイインターン・プログラムそしてシェアハウスを用意しました。

上海進出は成功を収め、現在8つの教室があります。LTL上海校は北京校よりは小規模ですが、他に違いはありません。

上海校ロビーエリア

2017年1月

最初の多都市滞在プログラム

北京校、上海校、承徳校が軌道に乗ったので、私たちは全く異なる街を体験できる多都市滞在プログラムを始めました。続きを読む »

友達同士のアレックスとウィリアムはイギリスからの留学生で、ギャップイヤーの9週間で中国語学ぶことにしました。彼らが最初の多都市滞在プログラム参加者です。彼らは最初の3週間を、中国に溶け込みやすい国際都市上海で過ごし、伝統的な北京に移動して3週間、そして最後の3週間を承徳で過ごしました。全ての場所でホームステイと、毎日4時間の少人数グループレッスン、2時間の個人レッスンを受けるインテンシブ・コースに参加しました。9週間で彼らの中国語は全くの初級からHSK 2レベルに到達し、人生の中で最も中国について学びました。

プログラムは大きな成功を収め、3都市滞在プログラムは現在では最も人気のあるプログラムとなっています。特にギャップイヤーや大学入学前後の休みを利用して、長期間中国留学を希望する生徒にとって 他都市滞在は魅力的なプログラムです。

北京校のスクールディナーを楽しむWilliam

全コース